2019年9月19日木曜日

まだ間に合う!り災証明申請

 胆振東部地震の、り災証明の受付、まだ間に合います!

 8月いっぱいで打ち切ることが「広報さっぽろ8月号」に載り、新聞記事などでも「申請終了」と報道されましたが、まだ間に合います!

 「り災証明の申請」それ自体を知らない方や、忘れていたという方、諦めている方はいませんか?

 共産党の市議団や、清田区要求実現の会が「り災証明の申請の締め切りを延長して」と市に要望しましたが、残念ながら市は打ち切る方向は変えませんでした。


 とはいっても、8月に入ってからの駆け込み申請は10413件と、8月までの総申請数の半数を超えているもとで、市は「9月以降も一定期間は受け付ける」ことに。

 9月1日から11までの期間で、800件が申請。清田区では52件ですが、東区や北区では100件を超える方が申請しています。

 申請が遅れた理由が確認できた636件中「制度を知らなかった」という方が399件にも上っています。

 次々と日本列島を襲う災害。台風15号による大規模停電は今も見通しがついていません。

 今や兵器の爆買いや憲法を変える場合ではありません。

 「9条変えるより、窮状を何とかしてくれ」「被災者の声を聞いて」「再建支援金を500万円に」これが被災者の願いではないか。


(9月16日 記)

2019年9月12日木曜日

胆振東部地震から一年

 里塚中央町内会館前の大きな特設テントの舞台真ん中には──里塚中央早期復旧を願うつどい──「明日に向かってがんばるべぇ さとづか」と書かれた横断幕。



 「ここまでがんばってきました。まだ大変なことは続くが、このつどいを開くことにしました」

 開会式での盛田町内会長の挨拶を聴いていると、地震直後からの様々な光景が脳裏に浮かんできて、胸が熱くなりました。 

 会場では「赤旗」読者や、清田区内のみなし仮設住宅(民間アパート)に、住んでいる後援会員ご夫妻にも会えました。

 みなし仮設などに転居している60世帯のうち、約半数の方が、参加したそうです。



 札幌全市で全壊家屋106戸のうち86戸が清田区で、中でも最も甚大な被害を受けたのが、ここ、里塚中央地区です。

 道路と宅地の地盤改良と、倒壊家屋の撤去が進み、空き地も増えています。



 「作業が進むのは良いことではあるけれど、空き地が増えるとさびしい気持ちになってくる」と、先日、盛田会長は複雑な思いを話してくれました。


 里塚霊園隣接地のように地盤改良の方向すら定まらない地域もあり、深刻な不安を抱えている被災者の皆さん。

 震災から1年。最後の一人まで支援しようと、改めて心に誓いました。

(9月10日 記)

2019年9月5日木曜日

キツネとの共生

 今夏、住宅地へのクマの出没が激しく、札幌市は頭を抱えています。南区では夜に怖くて外出できないという地域もあります。

 うちの事務所には、クマではなくキツネの相談が続けて2件寄せられました。

 キツネといえば、2年前に三里塚公園に数匹が居着いたため、侵入を防ぐのにネットを張ったニュースが思い出されます。

 身近で愛らしく、絵本などにも良く登場するキツネですが、糞に混入しているエキノコックスという寄生虫によるエキノコックス症に人が感染したら大変です。今年に入って北海道では12人の新しい患者が見つかっています。

 ある公園のそばにはキツネが穴を作っています。地域の方々が毎日糞の除去をしていますが、子どもが遊ぶ公園ですから、エキノコックス症の感染を考えると心配なのは当然です。

 家庭菜園を作っている方は、良く洗うか熱を通して口に入れるようにしているそうですが、それでも心配です。

 先週末、前記した公園で町内会の秋まつりが開かれました。焼きそば、焼き鳥などの出店もあり、大勢の老若男女で賑わいました。

 こうなるとさすがにキツネは姿を見せません。「お祭り」並みに効果的な対策はないものかと、頭を悩ませています。

(9月3日 記)

2019年8月29日木曜日

児童福祉の現場

 先週は共産党市議団の市内視察に行きました。視察先は救急安心センターさっぽろ(中央区南4)、児童相談所(中央区円山)、子ども発達支援総合センター「ちくたく」(豊平区平岸)の3カ所。


 3カ所とも、1年365日、急病や子どもの心配事などを、専門家が電話による相談を受けています。

 児童相談所は虐待、子どもを育てられないなどの相談に応じる機関ですが、虐待の急増に対応が追いつけていませんが、第2児童相談所の建設は未だ具体化に至っていません。

 ある職員は「複雑な環境で育った子どもにとって、自分が信頼できる大人の一人になれたら」と仕事への思いを語ってくれました。

 「ちくたく」は発達に遅れや障害のある子ども、心の悩みを抱える子どもや家族をサポートし、診療治療施設、入所通所施設や小中学校の分校もあります。保健所、保育所、福祉施設などの市内関係機関と協力関係にありますが、積極的に「協力・支援」をしたくても、体制上難しいようでした。


 視察の夜、豊平区清田区の民間学童保育指導員の皆さんと懇談しました。

 賃金が少なく「肉の入ったカレーが食べたい」という若い指導員の声も。「子ども達のキラキラ瞳と笑顔に励まされています」と笑顔で話してくれました。

(8月27日 記)

2019年8月22日木曜日

妊娠・出産・子育て

 暑かったお盆休みも終わり、朝夕は秋の気配すら感じられます。

 約1週間、静岡から娘家族が帰省している間、お休みを取ることができました。

 1年前には言葉が少なかったもうすぐ3歳になる孫はおしゃべりになり、ぽっちゃりしていた5歳の孫は脚が細長くなり、「恐竜」と甘いものには目がありません。

 バッタの死骸を見つけた二人は、大きい石を何度も運んでは積み上げ、一緒に虫のお墓づくりに精を出すなど、仲良く遊んでいます。

 が、ひとたび不機嫌になるや、互いに我を張り、手が付けられません。

 子育ては膨大なエネルギーがいることを改めて思い知らされた1週間でした。

  ましてや経済的な不安や孤独な子育てを強いられている親の苦悩は計り知れません。

 ある町内会の夏祭りで出会った素敵な女性に、私は不用意にも、子どもの医療費無償化についての話をしました。

 女性は3か月更新で契約する営業の仕事をしているため、仕事を辞めなければ妊娠も出産もできないとのことでした。

 「仕事」と「妊娠」を天秤に掛けざるを得ない女性たちの実態に、政治は寄り添っているのかを、問われた思いがしました。

 「妊娠や出産、子育て=幸せ」だと実感できる社会を作らないと。

(8月19日 記)

2019年8月8日木曜日

難病連道大会

 北海道難病連の第46回難病患者・障害者と家族の全道集会全体集会に参加しました。

 記念講演は大泉洋さん主演で映画にもなった『こんな夜更けにバナナかよ』の著者渡辺一史さん。モデルの鹿野靖明さんは「脊髄性筋萎縮症」の重症患者ですが、人々の支えで例のない市営住宅住まいを始めた方です。


 集会で発言した3人のお話に感動しました。

 お一人は「脊髄性筋萎縮症」の青年。母親は命を絶ちきる程苦しみながらも、生き抜く力を育み、青年は今、社会保険労務士として働いています。

 お二人目は「シャルコー・マリー・トゥース病」の若い女性でマスコミで働いています。指先に力が入らず握力がなくなる病気で、今の握力は殆どゼロ。外出先などで傘を閉じることができないことから、自分の「取説(とりせつ・取り扱い説明書)」を作成し、必要な時には相手に渡して助けを求めているといいます。

 3人目は「バージャー病」の男性。初期には手足の冷えなど。悪化すると手足がえぐれたように腐敗します。9割は喫煙者でした。

 患者会の3つの役割は「病気を正しく知ろう。病気に負けないように。本当の福祉社会を作ろう」です。

 そのために、一歩を踏み出す勇気をともに分かち合いましょう——。 集会アピールが胸に深く響きました。 

(8月6日夜)

2019年8月1日木曜日

賑やかな食事

 7月26日、小学生になった双子の孫を連れて、千葉から二男家族が帰省しました。

 いつもは一週間くらいいるのですが、息子の仕事の関係で4日間でした。

 私は結局休みを取れず、一緒に外出ができなかったのですが、テーブルを囲んで、わいわいと食事ができたのが、なによりでした。

 最初の夕食を何にしようかと、息子に前もって聞いたところ、準備が楽で私も大助かりの「ジンギスカン」に決まりました。

 双子の孫たちに、皮つきのメロンをデザートに出すと、皮がぺらぺらに薄くなるまで食べて、パパママにしかられています。

 30数年前、我が家の子ども達が、メロンやスイカを食べたときと同じような光景を思いだしました。その時しかられていた息子が、孫をしかっています。楽しく愉快な食事の時間を二男家族がプレゼントしてくれた4日間でした。

 二男家族が千葉に帰る日は、視察と中央要望のため、私が先に家を出発することに。

 今は市議会の大都市税財政制度・災害対策調査特別委員会の視察2日目の夜。愛媛県松山市で「お元気ですか」の原稿をつくっています。

 中央要望や視察のことを、ぜひみなさんに報告したいと思います。

(7月30日夜)



2019年7月27日土曜日

参議院選挙そして夏まつり

 読者のみなさん、お久しぶりです。

 日本の命運を分ける参議院選挙が21日投開票され、共産党は比例で、紙智子さんを含む4議席、選挙区で3議席を獲得しました。 

 ご支援いただいたみなさんに、心からお礼を申し上げます。


 紙さんの当選が出たのが、翌朝7時過ぎだったため、寝不足で朝を迎えた方も多かったのではないでしょうか。

 「北海道選挙区の3議席に、自民2議席は渡せない。何としても、はたやま和也さんを国会へ」と、私たちも最後の最後まで奮闘しましたが、力及ばず、本当に残念です。


 選挙結果に胸をなでおろしたのが改憲勢力 ‟3分の2” 阻止。嬉しかったのは、野党統一候補が10選挙区で勝利したことです。

 野党共闘がなければ、「改憲勢力3分の2阻止」は不可能でした。 

 野党共闘をさらに前に進める上でも、共産党をもっと大きくしなければと痛感します。

 
 21日、22日と町内会の夏まつりに「市議会議員」として参加させていただき、沢山の方々からお話を聴く貴重な機会となりました。

 これから夏まつり、盆踊りなど地域の行事が目白押しです。イベントにどんどん出かけ、住民のみなさんの中に飛び込んでいきたいと思います。


(7月23日記)

2019年6月27日木曜日

市議会代表質問

 第2回定例会で、新人議員の私がいきなりの代表質問。

 質問は、憲法9条に始まって、都心アクセス道路、子ども医療費など子ども、子育て、教育問題、介護保険料と高齢者問題。そして清田区の問題として、胆振東部地震の災害復旧支援、公共交通など20項目でした。

 市長答弁は、予測していたとはいえ、地方自治体の長として、あまりにも冷たい答弁でした。 

 代表質問終了後の懇談会で「何でもかんでも国がやるべき、というなら市長はいらない」という感想が出され、皆うなづいていました。

 胆振東部地震の災害復旧について質問するなら「清田区の吉岡さんだね」という理由から、私がすることになったのですが、当初はとても不安でした。

 市議10人で、原稿を分担して練り上げていくなかでイメージが湧き、代表質問の前々日に、新人市議のメンバーなどが立ち会ってくれたリハーサルをしたことで、「不眠」にも「食欲不振」になることもなく、当日を迎えました。

 当日、市議団控室にいると事務局のかたが「吉岡さん、80の傍聴席がびっしりだよ」と。本会議場に行くと「弘子さ~ん、頑張ってぇ」の大きな声援。背中を押され、ずいぶん気持ちをリラックスでき、無事に再々質問までできました。ほんとうに、ありがとうございました。

(6月22日記)




代表質問の動画をyoutubeにアップしました。ぜひご覧ください。
代表質問全文は日本共産党札幌市議団のホームページに掲載されています。
第2回定例議会 代表質問 吉岡 弘子議員(2019年6月20日) 



2019年6月22日土曜日

「保育士の処遇改善」一歩前進

 札幌保育連絡会の総会と、50周年レセプションに参加させていただきました。


 保護者と保育士さんなどが力を合わせ、子どもたちの命と成長を守るためにと、50年間活動を続けています。

 今月4月に保育園に入れなかった「潜在待機児童」は1947人。昨年と比較して16人しか減っていません。

 札幌市は保育所の定員を1080人増やしましたが、保育士の離職者が後を絶たず、新しい建物を建てても、保育士や職員が集まらず開園できない、また、今ある認可保育園も危ういといいます。


 会は、毎年札幌市に10万近い署名を届け、補助金の増額や保育料の軽減を求めてきました。「効果があるのか」と思ったこともあるが、続けてよかったと、代表の方が笑顔で話していました。


 4月の選挙では、保育労組も加入している「明るい札幌市政をつくる会」が推す渡辺たつお市長候補が「保育士の処遇改善を掲げ、約3割の得票を獲得したことが札幌市政に変化を生み出しています。

 2年後には、子ども医療費の無償化を小学校卒業まで拡大することや、保育士処遇改善で、3年、6年、9年の節目に10万円の手当を支給することになったのです。不十分とはいえ、「国の政策を待ってから」の繰り返しだった札幌市の対応を考えると、貴重な一歩です。

(6月18日記)

2019年6月15日土曜日

命守る政治を

 きょうは遅い帰宅でした。

 地下鉄を降りて、暗くなったスーパー前を「朝、コートを着ていって、正解だった」と思いながら、駐車場まで歩きました。

 長い1日でした。

 今朝の定例宣伝は地下鉄南郷18丁目駅前。10人の参加で活気ある宣伝でした。

 この場所での宣伝は元気をいっぱいもらえます。

 元気の素は子どもたち。今朝も小学生がにこにこしながら「おはようございます」と、あいさつをしていきます。

 私は中央区で衰弱死した2歳のことりちゃんの事件にふれ、命を大切にする政治に変えていくことを訴えました。

 ベビーカーを押しながら、後をついてくる上の子をせかしながら、足早で通り過ぎるおかあさん。

 そばでは、シルバー人材センターの方が、自転車の整理に余念がありません。

 信号待ちのドライバーが、大声で熱烈な声援をしてくれました。


 朝宣伝のあとは、市役所17階の市議団室へ。13日から始まる第2回定例会の準備のためほぼ一日会議でした。ゆとりのあるお昼休みには、19階の屋上に行って外の空気を吸ってリフレッシュします。


 明日はスタンディング宣伝。もうそろそろ、お風呂に入って身体を温めて、快眠と行きましょう。

(6月11日記)

2019年6月9日日曜日

誰もが自分らしく暮らせる明日へ

 公示までひと月に迫った参議院選挙が、画期的な展開を見せています。

 5月29日、全国32の1人区のうち、30選挙区で「市民連合と5野党・会派が」候補を一本化し、残る選挙区もまもなく決定とのこと。さらに13項目の「共通政策」を合意しました。 

 3年前の選挙でも、30選挙区で候補一本化はしたものの、共産党の統一候補は香川1県だけでしたが、今回は福井選挙区、鳥取・島根選挙区、徳島・高知選挙区の3選挙区5県と広がりました。

 各党首らが署名した共通政策も、憲法、沖縄、東アジアの平和創出、原発、消費税、子どもや若者の貧困問題、8時間働けば暮らせるルール、LGBTへの差別解消、森友・加計学園などの徹底究明、報道の自由など豊かな中味です。

 政策合意のあと、市民連合のみなさんと5野党・会派の代表が「だれもが自分らしく暮らせる明日へ」 と書かれた横幕を一緒に持ち、笑顔で写真に収まっています。

 この勢力が大きく成長すれば、自民・公明の政治を辞めさせ、新しい日本の政治のスタートとなるでしょう。

 8時間働けば普通に暮らせる社会、お金の心配なく学んで子育てできる社会、暮らし支える安心の社会保障に ——
日本共産党の3つのプランを積極的にアピールし、日本の政治を変えましょう。


(6月3日記)

2019年6月2日日曜日

市議団キャラバン

 5月19日、26日の2日間、市議団キャラバンでした。

 10人の全市議が、札幌10区を回って、統一地方選の報告と公約実現への決意とともに、参院選に向けて元気にアピールしました。

 19日は青空が広がり、気温も程々で、さわやかな宣伝日和でしたが、26日は最高気温が34度。暑さが苦手の私にとっては「猛暑」の域でした。

 スタートは東区の地下鉄環状東駅前。

 地域の議員が10分、他の議員が2分くらいで挨拶です。

 月寒勤医協の元婦長さんが「良かったねー、おめでとう。きょうは会えるのを楽しみにしてきたの」と、私の当選を我がことのように喜んでくれました。

 私が挨拶を始めると、道路を挟んで大きな声援。見かけない人だなーと思ったら、フェイスブック友達でした。

 次が清田区でした。国道の向かい側に30人を超える人たちがズラーっと並んでいて壮観でした。

 スピーチの後、横断歩道を渡って挨拶に行くと、はじけるような笑顔に笑顔。感謝の気持ちが込み上げました。

 昼休みを挟み豊平区、南区、手稲区を回って、帰宅は6時半。

 夕食もお風呂もさっさとすませ、9時には就寝。翌朝6時まで熟睡して疲れも回復。その日の臨時議会の本会議と建設常任委員会に臨みました。

(5月28日記)

2019年5月25日土曜日

安心して住み続けたい清田区

 臨時議会から1週間が経ちました。この間、市議団会議が3回、平和行進、市議団の全区キャラバン前半、宣伝や党の会議もありました。
 
 18日夜、学童保育札幌市連絡協議会の総会には、一人会派の改革とネットを除く全会派から、 共産党7人を含む12人の議員が参加。


 札幌市が行う「児童会館児童クラブ」などの保育料はほぼ無料。「民間共同学童保育」は一月約1万5千円です。

 若い指導員や保護者からの率直な発言で、提案された方針が深められていきます。

 札幌市の不十分な助成金の中で、保護者や指導員が力を合わせ、児童の豊かな放課後づくりに頑張っている姿に胸を打たれました。

 
13日には小角区長はじめ区役所の職員の皆さん10数人と、「清田区市議会議員連絡会」の会議があり、区のとりくみを興味深くお聞きしました。

 4人中3人の議員から大歓迎されたのが、「循環バスの試行の検討」です。最も大きなイベントである、9月の「きよたマルシェ&きよフェス」当日に限り、催し会場の清田区役所などを経由するバスの運行。知恵も出し合いぜひ試行を成功させ、「バス路線」改善や住みよい街づくりの一歩として、踏み出してほしいものです。「多くの方が行き交い、安心で住み続けたいまち」清田区実現のために。

(5月22日記)
国民平和大行進清田区コースに参加する吉岡弘子市議(5月18日、国道36号)

2019年5月19日日曜日

初市議会

 13、14日の臨時議会は、異常事態と初議会の緊張感とで、長い長い二日間でした。

 臨時議会では、市議会議長を決めるまで、議員の中で最年長者が「臨時議長」を務めます。
 
 臨時議長の任務は、議長を選出することです。

 慣例では議員の互選によって選出しますが、突然、臨時議長の松浦議員が「立候補を受け付けます」「私が立候補します」と宣言。議場からは何度も声が上がってもとりあげず、抗議をしても、動議を拒否し続けたため、出席の全議員が退場するという、異例の事態となりました。

 休憩中も、何度説得をしても「動議は受け付けない」の一点張り。

 夜10時過ぎに再開した本会議では臨時議長を解任し、次に新しい臨時議長のもとで議事が進められ、夜中12時少し前に1日目が閉会。

 14日は午前は建設常任委員会に出席。午後の本会議では、松浦議員の「懲罰動議」が採択。懲罰委員会設置と、5月31日までの会期延長が確認されました。
 
 議長が「動議」つまり発言を拒否し、話し合いにも応じないという事を許せば、議会のルールが根底から崩れます。

 新人議員であっても、一つひとつの局面で、速やかな判断が、求められることを痛感しました。新鮮で濃厚な毎日です。
(5月15日記)

14日早朝宣伝。臨時議会の報告をする吉岡弘子市議(地下鉄南郷18丁目駅)

2019年5月12日日曜日

今年の大型連休

 ほぼ毎年参加してきたメーデー集会ですが、今年は生涯忘れられないメーデーでした。



 紙智子さん、はたやま和也さんと共に市議団全員で行進者を迎えると、「(当選)おめでとう」の言葉と笑顔をたくさんかけられました。

 清田区ゆかりの人はもちろん、新婦人の昔からの仲間や、道庁の反原発行動、生活と健康を守る会、年金者組合、民主商工会の仲間などなど。


 「当選」がどれ程多くの人たちの力と思いに支えられているのかを実感したのでした。


 
 5月の連休というと、更衣や花畑の片づけも欠かせません。そして、日頃母の世話を一手に引き受けている姉孝行もなのですが…。

 連休最終日の午後、実家に遊びに行きました。

 母は私が持参した豆大福をぺろりと。「わし食べたの、お金払ってない」(母) 「ばあちゃんに持ってきたお土産だからお金はいらないよ」(私)「あーそうかい」(母)など、会話が楽しい。

 母は紙おむつに便を漏らしトイレに。始末する姉は慣れるまで食事がのどを通らなかったといいます。

 「快食快便」の後、私の懐メロ子守歌を聴きながら、97歳の母はウトウト寝入りました。「私はまだ介護できるから、気にしないで、議員の仕事をがんばってやりなさい」

 お姉ちゃんには頭が上がりません。


(5月6日記)

2019年4月28日日曜日

ふるさとの選挙応援

 平岡公園の梅のつぼみが大きく膨らみ、開花予測が28日と発表されました。

 待ちわびた札幌の花の季節到来ですね。

 21日投開票の沖縄衆院補欠選挙では、辺野古新基地建設ノーの揺るぎない県民の意思が示されました。

 同じ日に行われた統一地方選挙では、ふるさと木古内の町議選の応援に行きました。

 16日朝、地下鉄大谷地駅前から、高速バスに5時間揺られて函館駅に到着。


 渡島檜山地区委員長の車で約1時間、津軽海峡を眺めながら木古内に向かいました。

 木古内町は、10議席に対し11人が立候補。共産党の相沢さん以外は全員無所属です。


 相沢巧候補は、木古内小時代、一時期、私と同じクラスだったことが、今回話して初めてわかりました。


 私は4日間アナウンサー。生まれ育った場所、今は更地になっているのですが、その近所を通るときはマイクを持ちながら、チラチラ横目で見ながら、懐かしい思いもしながら故郷の町を走りぬけてきました。



 最終日の昼食に、相沢さん宅の近くで採った三つ葉のおひたしが食卓にのりました。

 私は小学校5年生まで木古内で育ちましたが、三つ葉が大好きでした。55年ぶりの故郷の春の味覚をかみしめかみしめ、頂きました。

 相沢さんは2期目の当選を無事はたすことができ、喜んでいます。

(4月24日記)

2019年4月20日土曜日

当選から1週間

 「やったー。当選だ」と歓声をあげてから1週間がたちました。
 「良かったねーと」訪れる人の顔もだんだんと少なくなり、選挙事務所も二日後には閉鎖します。

 お散歩の途中に顔を出す人、叱咤激励に訪れる人、そしてビラ折や電話での支持依頼、選挙カー要員のみなさんの顔や姿が、現れては消えていきます。

 老人クラブの例会では、次々と「良かったねー」の握手。春の日帰り旅行は「道議会と市議会の見学」をすると決まりました。

 13、14日は区内13か所で宣伝、随所で声援がかけられました。

 訪問の中では地域の要求も出されました。

 今まではなかった「当選証書授与式」、「写真撮影」も体験。当選証書は得票順で、私は3番目。今回の写真は寝癖直も克服し完璧(のはず…)。




 明日から4日間は、私の故郷、道南の木古内町議選の応援に行きます。


 今月までという「赤旗」読者の方も多いのですが、7月には参院選があります。市議会のご報告もしたいですので引き続きのご購読を、ぜひぜひお願い申し上げます。

 ゴールデンウィークは、書類整理や庭の手入れ……。

 選挙直前に39才の誕生日を迎えた娘に、ふた月遅れのバースデーケーキを送りましょうか。
(4月15日記)

2019年4月14日日曜日

16年ぶりの党の議席

 7984人の支持を得て、3位当選!

 ついに、清田区の議席奪還を果たしました。
 

 清田区で党の議席を失って16年、私が立候補を決意して12年7カ月、多くのみなさんから応援して支えていただいたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 選挙カーの乗員や、先導車の運転手、炊き出し、ビラ折り、ビラまき、支持依頼をする、演説を聴きに来る人や、手を振り声援してくれる人など、どれ程のみなさんから支え励まして頂いたでしょう。

 今回は地元の老人クラブなど、初めて支援してくれた方々から、大きなお力をよせて頂きました。

 私は渡辺市長候補と共に「1000億円道路より命、暮らし第一の市政」を基本に、「子ども医療費中学卒業まで」を政策の第一に掲げ、子育て支援の充実、「特別養護老人ホーム増設」で老後安心など、みんなが笑顔で暮らせる街づくりを呼びかけました。

 地震で被害が大きかった地域では、震災直後に訪問し伺った方々を胸に、選挙カーからご挨拶。9日間で、区内185カ所で演説をさせて頂きました。


 8日の報告会では100人が参加し、みなさんの喜びが爆発したようでした。


 今朝は平岡後援会の報告宣伝に参加。通り過ぎた通勤途中の男性の、はじけるような笑顔。さあ、これからが正念場です。

(4月10日記)



2019年3月21日木曜日

震災復旧へ対策必要 渡辺たつお札幌市長予定候補が清田区を視察

 7日、札幌市長選に立候補予定の渡辺たつお弁護士が、昨年9月の北海道地震の被災地、清田区里塚地区を訪れ、復旧状況を視察しました。日本共産党の吉岡ひろ子清田区市政相談室長が案内しました。
里塚地区を視察する吉岡ひろ子市議予定候補(左側)、渡辺たつお市長予定候補(右側)

 里塚中央町内会の盛田久夫会長は「300世帯の町内会で60軒ほどが転居しました」「1日1回、見回りを続けています。傾いたままでも住み続けている住民も」と話します。

 渡辺さんは「大きな被害があったと改めて痛感。工事の補助や住宅補償など市が対策を講じる必要があります」と語りました。

 視察に先立ち、渡辺さんは、はたやま和也前衆院議員、吉岡さんと日本共産党の街頭宣伝に参加。「市長の仕事は、市民の命や暮らしを守ること。市民主権を実現し市民のための市政に変えていきます」とのべました。
渡辺たつお市長予定候補(中央)と、はたやま和也前衆院議員(左側)と吉岡ひろ子市議予定候補(右側)

 吉岡さんは「一部損壊の世帯に補助が出るようになりましたが不十分。さらなる支援を求めていきたい」と決意を表明。はたやまさんは、秋元克広市長が被災地にすぐに行かず、第1回住民説明会にも出なかったことに住民から強い不満が出たことを告発。「渡辺さんとともに市民が主人公の市政を」と訴えました。


2019年3月16日土曜日

春をつかもう

 10日、志位委員長を迎えての演説会に参加された皆さん、有難うございました。

 野党統一の知事予定候補石川ともひろさんや、札幌市長予定候補の渡辺たつおさんも、駆け付け挨拶をされました。
声援にこたえる(左から)はたやま、渡辺、志位、石川、紙の各弁士や予定候補

 東札幌のコンベンションセンター大ホールには、3000人近い人が集まり、あふれかえるような熱気。

 私も札幌市議会議員候補の一人として紹介され、参加者にガッツポーズでアピールをしました。清田区からも沢山の人が来てくれていると思うだけで心強く感じながら。
千葉なおこ(南区)、吉岡ひろ子(清田区)、池田ゆみ(豊平区)市議予定候補

 安倍政権のうそとごまかしの政治を変えるためには、参議院選挙前の統一地方選挙の勝利がどうしても必要。

 安倍政権直結の秋元札幌市政から、渡辺札幌市政実現のためには、共産党の躍進が不可欠です。


「市民主権の実現」訴える渡辺たつお札幌市長予定候補

 先日子育て中のお母さんたちと話す機会がありました。
子どもの具合が悪くなったときに、病院に行くのをためらったことがあるかと、訪ねたところ、3人中2人が「あるある」とこたえました。

 子どもの「医療費の無料化を中学3年まで実現を」と渡辺市長予定候補が掲げるやいなや、秋元市長は「小学6年まで」を公約しました。

 こんな動きを見ていると、つくづく予算がないのではなく、その気がないのだと実感します。

春一番に咲く福寿草のように、一人ひとりが輝く春を、必ずつかみましょう。


(3月12日記)