2020年6月4日木曜日

制度の改善を

 暖かくなってきたこの頃は、花畑を歩いて雑草を抜いたり、草花の成長を見ながら朝の歯磨きをしたりしている私です。 

 今朝はどくだみの強い香りに、「どくだみ茶を作りたいなぁ」と思いましたが、たいていは願望だけで終わってしまいます。思うだけでも楽しい歯磨きタイム。

 さて、きょうあすは定例会の代表質問の日ですが、皆さんのところに「特別定額給付金」は届いたでしょうか。

 コロナ感染や緊急事態宣言のもとで、様々な制度が市民の声によって作られていますが、国の制度の足りない部分を札幌市として補正している支援もあります。

 その一つが「特別支援金」で、「特別定額給付金」への上積みです。

 国の制度「特別定額給付金」では、4月27日まで生まれた子どもが給付対象者となっていますが、札幌市は緊急事態宣言解除日である5月25日までに生まれた子も受けられるよう制度を作って、約1300人の赤ちゃんが対象になるそうです。嬉しいですね。

 もう一つは「国民健康保険料」の減免です。国の制度では加入者の所得が「一年」を通じて、昨年比で3割減の場合に減免の対象になりますが、札幌市では「3か月」となり、これも対象が広くなりました。
 
 ほんの一部ですが、改善されたものを紹介させていただきました。
3か月ぶりの、声をだしての朝宣=5月31日 美しが丘・フードD前
 (6月3日記)



2020年5月28日木曜日

平和行進

 22年ほど前から毎年取り組んできた清田区の平和行進。

 新婦人清田支部の平和部や原水爆禁止世界大会に参加した会員などの「戦争も核兵器もダメ。清田区でも平和行進がしたいね」という熱い思いからはじめられました。

 その後、清田区革新懇とともに、雨の日も風の日もよほどでない限り50人前後で30分ほど歩いてきました。

 清田区コースを歩いた後は「幹線コース」の行進に参加したり、大谷地神社の境内でお弁当を広げながら交流したことが懐かしく思い出されます。

 今年の札幌の平和行進は23日でしたが、コロナ禍のもとで、大勢で集まったり歩いたりすることはできず、清田区行進は取りやめられました。

 幹線コースは市内数カ所で短時間、少人数で宣伝することになり、私は地下鉄南郷18丁目駅に参加しました。
地下鉄南郷18丁目駅前で行われた平和行進の街頭宣伝=23日

 被爆者で被団協札幌の会会長の広田凱則さんがご自身の体験や、日本政府に核兵器禁止条約の批准を求めました。
札幌市被爆者の会会長の広田凱則さん=23日 南郷18丁目駅前

 私は、年金者組合清田支部書記長で毎年道内コースを通し行進し、去年病気で亡くなった鈴木猛さん作詞の「広島へ長崎へ」を歌い、札幌市議会では共産党が提案した「日本政府は核兵器禁止条約の批准を」の意見書が、自民、公明の反対で採択されなかったことを伝え、身の回りから平和の行動をと呼びかけました。

スピーチをする吉岡市議(左側)=23日 南郷18丁目駅前

(5月27日 記)

2020年5月21日木曜日

コロナに負けるな!経営相談会

 大型連休が明けて数日後、事務所に清田区で長く古書店を開いている方が来られ、地域の事業主が新型コロナ感染症によって事業が大変なことや、国や道、札幌市の制度の申請がややこしくて困っているというお話をされました。

 すぐに東部民主商工会に相談し、感染対策はしっかり取ったうえで15日、16日の2日間、「コロナに負けるな!経営相談会」に取り組むことになりました。
会場前に張り出された案内
 印刷されたビラは2万5千枚で、多くは新聞折り込みですが、共産党の地域支部にも商店などに1500枚配ってもらいました。

 説明会の中心は、個人事業主は最大100万円、法人は200万円の「持続化給付金」で、オンラインの申請しかできないことは知っていたのですが、行政書士さんのお話で驚いたのは、申請が1回しかできず、失敗すると給付の対象とならないという制度だということでした。
申請の説明をする行政書士の小森和幸さん

 会場に足を運んでくれたのは2日間で30人。スナック、居酒屋、塾経営、エステ、乾物屋、衣料卸、建設業、保険代理業と、多種多彩な業種の方々です。

多くの方の協力で開催された「コロナに負けるな!経営相談会」

 この相談会が実施できたのは、実態を訴えてくれた方がいたこと、東部民主商工がすぐに取り組んでくれたこと、閉館中が多い中、真栄地区会館がいつもどおり開いていたこと、そして、共産党市議の事務所があったことです。

(5月20日 記)

2020年5月14日木曜日

#検察庁法改正案に反対します

 大型連休後の国会が始まり、医療体制の強化と生活、営業への支援と補償が一層重要になっています。

 コロナによる経済の深刻さは、リーマンショックどころか、1929年の大恐慌以来の事態になるという見方も広がっており、5人に1人の学生が大学をやめざるをえないと答えています。

 まさに「コロナ禍」ともいうべきさなかに、安倍政権は「検察庁法改正案」の審議入りを強行しました。

 法案が通れば、安倍首相に都合の良い人を検察庁のトップに据えることができ、三権分立を壊すことになります。

 そのようなもとで、インターネット上では、「#検察庁法改正案に抗議します」と発信している方が、すでに600万を超えているといわれ、芸能人の発信が特に広がっています。小泉今日子、浅野忠信、井浦新、音楽グループの「いきものがかり」のメンバーの3人、女性歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさんなど幅広い方々が声を上げました。

 爆発的な広がりの背景にあるのは、今、芸能人自身がコロナ感染症によって、イベントライブが中止、テレビ収録も激減し苦境に置かれている状況に対して政府の動きが鈍い、「それで検察庁法改正か⁉ 」という怒りが噴出しているのではないでしょうか。

 世論の力で法案阻止を。

(5月13日 記)

2020年4月30日木曜日

温かいメッセージを

 花畑の手入れを怠ったつけなのか、春の花がトンと姿を見せません。そんな中けなげに咲いているのは「クリスマスローズ」と「チオノドクサ」。

 クリスマスローズはクリスマスの時期に咲く種類があるためにこの名前になったようですが、わが家にある白い花は色を変えて年中楽しませてくれます。




 そしてチオノドクサ。これがまた可憐を絵にかいたような小さい花です。ピンクとブルーがありますが、ブルーの花が私は好きです。

 昨日、「赤旗」を薦める電話のなかで、お孫さんが折り紙でコマを20個ほど作ったので、外出できない高齢者施設の方に届けると聞きました。

 温かい気持ちになって帰宅すると、町内の老人クラブから総会や会合の中止のお知らせとともに、「人とのご縁って、ちゃんと、あなたにとって必要なときに、つながるようになってるの」とメッセージがついた手作りマスクが届いていました。

 PCR検査を増やしてほしい。企業への給付金や助成金、定額給付金はいつ届くのか。生活困難な学生の授業料は。住まいのない生活困窮者の支援は…緊急事態宣言の解除はいつになるのか? と不安はつきません。

 すべての人が路頭に迷わぬよう、命を奪われぬよう「心とおなか」をあたためるメッセージが、今急がれます。

(4月27日 記)

2020年4月23日木曜日

春告魚に希望を託し

 16日に緊急事態宣言の対象が全国に広げられ、北海道は「特定警戒都道府県」に指定されました。

 医療機関等で働く人達の困難さはもちろんですが、収束が見えない中での自粛の毎日に、大人も子どももストレスが蓄積しています。

 市役所も自宅での仕事が推奨され、私は北野にある議員事務所で仕事をすることが多くなりました。

 訪問することが難しくなっているので、いろいろな方々に電話でお話を伺っています。


 従業員20人を雇っている建築事業主の方は、予定の工事が延期される中で「6月から現場が再開できれば何とかなるが、それより遅れたら、融資や助成金制度などを使わなければならない」と言います。

 子育て支援に関わっている方は、「親子で遊びに来る場所がなくなれば、日頃から問題を抱えている人がさらに困難になり大変」と声を曇らせます。

 ある方は、「白旗山を歩いてきて気持ちよかった。山菜の季節だ」と言い、元気な声が返ってきました。

 その夕方私は、大きくて立派な孟宗竹をスーパーで見つけました。ゆでてあく抜きをしてタケノコご飯にして口に運ぶと、春の味覚が口いっぱいに広がりました。

 今年はニシンが豊漁といいます。春告魚(はるつげうお)が人間社会にも早く春を告げますように。

(4月21日記)

2020年4月16日木曜日

評伝『西田信春 -甦る死』

 新十津川にある札沼線廃駅跡の「西田信春小公園」には西田信春の記念碑があります。

 1903(明治36)年、新十津川村で育ち、札幌一中(現南校)から東京帝大に進み、学生団体「新人会」で農民運動に傾倒し、卒業後は組合書記に。1929(昭和4)年日本共産党に入党します。

 九州の共産党組織の再建活動中に検挙され、1933年2月11日、福岡署で虐殺されました。多喜二が虐殺された9日前のことでした。

 今年、西田信春の命日である2月11日に『西田信春 ‐ 甦る死』が刊行されました。
上杉朋史 著『西田信春ー甦る死』学習の友社

 評伝を書いた元高校教師の上杉朋史さんは、新十津川出身の両親の祖先について調べる中で、非業の死をとげた西田信春の存在を知り、亡くなる直前まで執筆しました。

 特高警察の研究で知られる小樽商大の荻野富士夫名誉教授は、「上杉さんは、自身を駆り立て、西田の魅力的な人間性と非業の死を、今の時代に甦らせる事で、現代の危機感を訴えずにはいられなかったのではないか」といいます。

 本の最終章、当時の「死体鑑定書」が圧巻です。

 「足を持って階段を上から下、下から上へと4~5回やったら死んだ」と警察官から聞いたとする医師の証言も記録されています。

 「死体鑑定書」の記録こそが、西田信春の拷問による死を証言したのです。

 (4月14日 記)