2018年10月13日土曜日

地域を歩いて

私の住む街清田区で、重大な地震被害が起きている。避難所まわりや危険箇所の把握などをしながら、土木センターや清田区長あての要望に取り組みました。
13日夜に開かれた札幌市の「住民説明会」は、住民の怒りがあふれるものとなりました。
「早く応急措置を取らないと、住める家も壊れてしまう」「2~3年前、あまりに沈下がひどいので、河川を調べてほしい(と言った)。『問題ないですよ』と言われた」など、3時間半の間、質問が次々と続きました。
後日の訪問でわかったのですが、何度挙手しても指名してもらえず、途中で帰ったという方もおりました。
清田区委員会は15日から3日間、党道委員会が作成した「災害救助対策諸制度活用の手引き」を持って、被害の大きかった里塚をはじめ、清田や美しが丘510軒を訪問しました。
一人ひとりの状況も思いもそれぞれ違います。
北海道胆振東部地震から13日。地震の被害で日常の生活を奪われた方々は、余震が続く中で、家屋の倒壊の不安や、生活や生業への不安とたたかいながらも、新しい一歩を踏み出すために、自らを奮い立たせていることを、肌で感じました。
懸命に生きる人の背中をそっと支えることができれば何よりです。
(9月19日記)

道民みんなが被災者

「災害の少ない札幌市」という観念は全く覆されました。
6日未明の北海道胆振東部地震は、北海道観測史上初の震度7でした。
札幌市でも震度6弱を記録し、甚大な被害を受けました。
被災された皆さんにお見舞いを申し上げ、亡くなった方々やご家族のみなさんに心から、哀悼の意を表します。
突然の地震から6日たちますが、未だに停電、断水の地域もあります。スーパーなどの品揃えも不十分です。
高層住宅住まいの方は、停電によりエレベーターが使えず、給水が大変でした。
ただ「近所同士助け合って、つながりが強まった」という話も伝わっています。
8日に高橋千鶴子衆議や畠山和也前衆議、3人の道議らと、液状化により地盤沈下した重大な被害を被った里塚に入った時には「家を含む3軒は危険家屋の検査がされていない。私たちは除外されている」と涙ぐみながら訴えられました。党市議団通じてすぐに市役所に連絡し、家屋検査員を当日派遣できました。
6、7日の2日間で、避難所を8カ所訪問しましたが、小さい子どもの家庭、高齢者が身をよせていました。
液状化による地盤沈下やブラックアウト(大規模停電)、長期に及ぶ節電には、行政や北電などの責任も問われます。
(9月12日記)

台風の爪痕

ゆうべは、風の音で寝不足の方もいらっしゃると思います。私は、風の音を聞きながら寝入り、熟睡していたようで、アラームの音で目が覚めたのですが、地震や火災だったら逃げ遅れてしまうかもしれません。
翌朝、車を走らせると道路には枝葉などが散らばり、平岡では10メートル以上ある庭木が4本、お隣の屋根に倒れこんでいるお宅もありました。
4年前の9月11日の豪雨災害では、厚別川が増水し、携帯電話の緊急速報メールで起こされました。
避難所になっていた有明、清田、真栄小学校に足を運びました。有明では川の氾濫で橋が決壊し、住民の方が困っていました。要望をきき、その対応にあたり、土木センターと業者のご尽力で大きな被害を食い止めることができました。
1曰は防災の日です。95年前の9月1日に関東大震災が発生しましたが、この震災に乗じた直後の朝鮮人虐殺は忘れてはなりません。「朝鮮人が放火をして暴れている」などとデマが流され、朝鮮人とわかれば殺害されるというおぞましい事態を招きました。
災害が自然によっておこりますが、その災害の被害を最小限に食い止め、住民の暮らしや生業(なりわい)を守るのが、政治に求められています。
(9月5日記)

金網の向こう

沖縄でフェンスがちらつき目をそらし海を見つめる観光客は(神奈川県・桐蔭学園中学校2年)小林沙葉
朝日新聞社短歌コンクール「8月の歌」【中学・高校の部】優秀賞受賞作です。
先日のバス停での宣伝行動は、「平岡5-4」。自転車通学の高校生が、軽やかに通り過ぎるそばで、朝のご挨拶をさせていただきました。
行動の後、森を愛でてきました。
カラ松やミズナラ、シラカバの樹林の懐にある池は、空の光を映しだし、数羽の鴨が水面を滑るように浮かんでいます。

森の奥には枝に佇むアオサギの姿がありました。
ここは元は旧北海道拓殖銀行の所有で、野球のグラウンドやテニスコートがありました。
拓銀の破綻にともなって、旧ジャスコが土地を取得し、ショッピングセンターを建設することになりましたが、住民の要望で池を含む森の半分が殘されたのです。
10年以上前になりますが、「清田区の自然を守る会」は、この問題や「有明産業廃棄物処分場」建設を住民のみなさんとともにストップさせました。
金網の向こうに広がる豊かな自然を前に、ふと沖縄に行ったときの、延々と続くフェンス越しの沖縄の基地を思い出しました。
どちらも足を踏み入れることのできない場所だけれど、何という違いだろう。
(8月29日記)

2017年3月11日土曜日

東日本大震災メモリアル宣伝

東日本大震災から6年目のきょう、清田区真栄の東光ストアやホーマック近くの、羊ヶ丘通り交差


点で宣伝をしました。


6年たってもまだ12万人が避難し、3万5503人が仮設住宅で暮らしています。


午前に開催した「さよなら原発北海道集会」の参加者からの報告や、被災者の苦闘に寄り添った対策を―と訴えました。


私は一般人の被爆限度が毎時1ミリシーベルトなのに、どうして福島だけが、20ミリシーベルト以内なのか、どうして20ミリシーベルトが避難解除の基準なのか、政府の原発被災者への対策を批判し、未だに原発再稼働と輸出を推進する安倍政権は退陣を、と訴えました。


少し柔らかくなった陽射しのもと、車いすで駆けつけた方など、21人が参加しアピールしました。



2017年2月7日火曜日

新春のつどい

1月22日新春のつどいを、清田区民」センターで開催し、120人が参加しました。


畠山和也衆議と道3区予定候補のかわべ竜二さんがかけつけ、総選挙勝利を訴えました。


オープニングは岩手県北上地方に伝わる郷土芸能の「鬼剣舞」。余興では、つどいおなじみの


ひょっとこ踊りや、すもう甚句、コーラスで楽しみました。


私は次期市議選の折り返しとなる今年4月を間近に、決意を述べました。


今年は清田区新年交礼会はじめ、3度目の和服でつどいに参加しました…気持ちが改まるものですね❤


 
 

2017年1月3日火曜日

2017年元旦宣伝

 元旦の朝、厚別神社前で新年のあいさつをしました。
紙智子参議、畠山和也衆議、かわべ竜二3区予定候補を迎え、20人の後援会員が参加しました。