「液状化」「盛り土」「ブラックアウト」、どれも胆振東部地震までは、なじみのない言葉、初体験づくしでした。
目の前の道路が2メートルも3メートルも隆起するのですから、実際に被害にあった方のショックは言葉に表すことができないほどでした。
地震の9日後から、共産党の清田区委員会は、道委員会が作成した「制度活用の手引き」を持って、里塚、美しが丘、清田地域の約600軒を訪問しました。
地震の後、近所の人たちとも話していないと涙ぐむ人、夜眠れないという人など……の地域の生の声をつぶさに聴いて回りました。
それが、胆振東部地震からの支援と復旧活動の原点です。
数日前、自宅が全壊し、もとの場所に家を新築したお宅を訪ねました。
「年金ぐらしでローンを払うのは大変だけれど、孫のおかげでがんばれるんです」と笑顔で話してくれました。
昨日5日には完成したばかりの里塚ぽぷら公園で、「震災復旧工事完了のつどい」があり、工事関係者や住民のみなさんなどの労苦をねぎらい、里塚中央の被災地も新たな歩みを踏み出しました。
私たちの住む日本列島は、温暖化のもと、災害が激甚化しています。
「被災者支援」はさらに厚くし、生活再建の後押しをすることが不可欠です。
(9月6日 記)
復旧工事の完了した「里塚中央ポプラ公園」=9月6日、札幌市清田区 |