2019年5月19日日曜日

初市議会

 13、14日の臨時議会は、異常事態と初議会の緊張感とで、長い長い二日間でした。

 臨時議会では、市議会議長を決めるまで、議員の中で最年長者が「臨時議長」を務めます。
 
 臨時議長の任務は、議長を選出することです。

 慣例では議員の互選によって選出しますが、突然、臨時議長の松浦議員が「立候補を受け付けます」「私が立候補します」と宣言。議場からは何度も声が上がってもとりあげず、抗議をしても、動議を拒否し続けたため、出席の全議員が退場するという、異例の事態となりました。

 休憩中も、何度説得をしても「動議は受け付けない」の一点張り。

 夜10時過ぎに再開した本会議では臨時議長を解任し、次に新しい臨時議長のもとで議事が進められ、夜中12時少し前に1日目が閉会。

 14日は午前は建設常任委員会に出席。午後の本会議では、松浦議員の「懲罰動議」が採択。懲罰委員会設置と、5月31日までの会期延長が確認されました。
 
 議長が「動議」つまり発言を拒否し、話し合いにも応じないという事を許せば、議会のルールが根底から崩れます。

 新人議員であっても、一つひとつの局面で、速やかな判断が、求められることを痛感しました。新鮮で濃厚な毎日です。
(5月15日記)

14日早朝宣伝。臨時議会の報告をする吉岡弘子市議(地下鉄南郷18丁目駅)

2019年5月12日日曜日

今年の大型連休

 ほぼ毎年参加してきたメーデー集会ですが、今年は生涯忘れられないメーデーでした。



 紙智子さん、はたやま和也さんと共に市議団全員で行進者を迎えると、「(当選)おめでとう」の言葉と笑顔をたくさんかけられました。

 清田区ゆかりの人はもちろん、新婦人の昔からの仲間や、道庁の反原発行動、生活と健康を守る会、年金者組合、民主商工会の仲間などなど。


 「当選」がどれ程多くの人たちの力と思いに支えられているのかを実感したのでした。


 
 5月の連休というと、更衣や花畑の片づけも欠かせません。そして、日頃母の世話を一手に引き受けている姉孝行もなのですが…。

 連休最終日の午後、実家に遊びに行きました。

 母は私が持参した豆大福をぺろりと。「わし食べたの、お金払ってない」(母) 「ばあちゃんに持ってきたお土産だからお金はいらないよ」(私)「あーそうかい」(母)など、会話が楽しい。

 母は紙おむつに便を漏らしトイレに。始末する姉は慣れるまで食事がのどを通らなかったといいます。

 「快食快便」の後、私の懐メロ子守歌を聴きながら、97歳の母はウトウト寝入りました。「私はまだ介護できるから、気にしないで、議員の仕事をがんばってやりなさい」

 お姉ちゃんには頭が上がりません。


(5月6日記)

2019年4月28日日曜日

ふるさとの選挙応援

 平岡公園の梅のつぼみが大きく膨らみ、開花予測が28日と発表されました。

 待ちわびた札幌の花の季節到来ですね。

 21日投開票の沖縄衆院補欠選挙では、辺野古新基地建設ノーの揺るぎない県民の意思が示されました。

 同じ日に行われた統一地方選挙では、ふるさと木古内の町議選の応援に行きました。

 16日朝、地下鉄大谷地駅前から、高速バスに5時間揺られて函館駅に到着。


 渡島檜山地区委員長の車で約1時間、津軽海峡を眺めながら木古内に向かいました。

 木古内町は、10議席に対し11人が立候補。共産党の相沢さん以外は全員無所属です。


 相沢巧候補は、木古内小時代、一時期、私と同じクラスだったことが、今回話して初めてわかりました。


 私は4日間アナウンサー。生まれ育った場所、今は更地になっているのですが、その近所を通るときはマイクを持ちながら、チラチラ横目で見ながら、懐かしい思いもしながら故郷の町を走りぬけてきました。



 最終日の昼食に、相沢さん宅の近くで採った三つ葉のおひたしが食卓にのりました。

 私は小学校5年生まで木古内で育ちましたが、三つ葉が大好きでした。55年ぶりの故郷の春の味覚をかみしめかみしめ、頂きました。

 相沢さんは2期目の当選を無事はたすことができ、喜んでいます。

(4月24日記)

2019年4月20日土曜日

当選から1週間

 「やったー。当選だ」と歓声をあげてから1週間がたちました。
 「良かったねーと」訪れる人の顔もだんだんと少なくなり、選挙事務所も二日後には閉鎖します。

 お散歩の途中に顔を出す人、叱咤激励に訪れる人、そしてビラ折や電話での支持依頼、選挙カー要員のみなさんの顔や姿が、現れては消えていきます。

 老人クラブの例会では、次々と「良かったねー」の握手。春の日帰り旅行は「道議会と市議会の見学」をすると決まりました。

 13、14日は区内13か所で宣伝、随所で声援がかけられました。

 訪問の中では地域の要求も出されました。

 今まではなかった「当選証書授与式」、「写真撮影」も体験。当選証書は得票順で、私は3番目。今回の写真は寝癖直も克服し完璧(のはず…)。




 明日から4日間は、私の故郷、道南の木古内町議選の応援に行きます。


 今月までという「赤旗」読者の方も多いのですが、7月には参院選があります。市議会のご報告もしたいですので引き続きのご購読を、ぜひぜひお願い申し上げます。

 ゴールデンウィークは、書類整理や庭の手入れ……。

 選挙直前に39才の誕生日を迎えた娘に、ふた月遅れのバースデーケーキを送りましょうか。
(4月15日記)

2019年4月14日日曜日

16年ぶりの党の議席

 7984人の支持を得て、3位当選!

 ついに、清田区の議席奪還を果たしました。
 

 清田区で党の議席を失って16年、私が立候補を決意して12年7カ月、多くのみなさんから応援して支えていただいたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 選挙カーの乗員や、先導車の運転手、炊き出し、ビラ折り、ビラまき、支持依頼をする、演説を聴きに来る人や、手を振り声援してくれる人など、どれ程のみなさんから支え励まして頂いたでしょう。

 今回は地元の老人クラブなど、初めて支援してくれた方々から、大きなお力をよせて頂きました。

 私は渡辺市長候補と共に「1000億円道路より命、暮らし第一の市政」を基本に、「子ども医療費中学卒業まで」を政策の第一に掲げ、子育て支援の充実、「特別養護老人ホーム増設」で老後安心など、みんなが笑顔で暮らせる街づくりを呼びかけました。

 地震で被害が大きかった地域では、震災直後に訪問し伺った方々を胸に、選挙カーからご挨拶。9日間で、区内185カ所で演説をさせて頂きました。


 8日の報告会では100人が参加し、みなさんの喜びが爆発したようでした。


 今朝は平岡後援会の報告宣伝に参加。通り過ぎた通勤途中の男性の、はじけるような笑顔。さあ、これからが正念場です。

(4月10日記)



2019年3月21日木曜日

震災復旧へ対策必要 渡辺たつお札幌市長予定候補が清田区を視察

 7日、札幌市長選に立候補予定の渡辺たつお弁護士が、昨年9月の北海道地震の被災地、清田区里塚地区を訪れ、復旧状況を視察しました。日本共産党の吉岡ひろ子清田区市政相談室長が案内しました。
里塚地区を視察する吉岡ひろ子市議予定候補(左側)、渡辺たつお市長予定候補(右側)

 里塚中央町内会の盛田久夫会長は「300世帯の町内会で60軒ほどが転居しました」「1日1回、見回りを続けています。傾いたままでも住み続けている住民も」と話します。

 渡辺さんは「大きな被害があったと改めて痛感。工事の補助や住宅補償など市が対策を講じる必要があります」と語りました。

 視察に先立ち、渡辺さんは、はたやま和也前衆院議員、吉岡さんと日本共産党の街頭宣伝に参加。「市長の仕事は、市民の命や暮らしを守ること。市民主権を実現し市民のための市政に変えていきます」とのべました。
渡辺たつお市長予定候補(中央)と、はたやま和也前衆院議員(左側)と吉岡ひろ子市議予定候補(右側)

 吉岡さんは「一部損壊の世帯に補助が出るようになりましたが不十分。さらなる支援を求めていきたい」と決意を表明。はたやまさんは、秋元克広市長が被災地にすぐに行かず、第1回住民説明会にも出なかったことに住民から強い不満が出たことを告発。「渡辺さんとともに市民が主人公の市政を」と訴えました。


2019年3月16日土曜日

春をつかもう

 10日、志位委員長を迎えての演説会に参加された皆さん、有難うございました。

 野党統一の知事予定候補石川ともひろさんや、札幌市長予定候補の渡辺たつおさんも、駆け付け挨拶をされました。
声援にこたえる(左から)はたやま、渡辺、志位、石川、紙の各弁士や予定候補

 東札幌のコンベンションセンター大ホールには、3000人近い人が集まり、あふれかえるような熱気。

 私も札幌市議会議員候補の一人として紹介され、参加者にガッツポーズでアピールをしました。清田区からも沢山の人が来てくれていると思うだけで心強く感じながら。
千葉なおこ(南区)、吉岡ひろ子(清田区)、池田ゆみ(豊平区)市議予定候補

 安倍政権のうそとごまかしの政治を変えるためには、参議院選挙前の統一地方選挙の勝利がどうしても必要。

 安倍政権直結の秋元札幌市政から、渡辺札幌市政実現のためには、共産党の躍進が不可欠です。


「市民主権の実現」訴える渡辺たつお札幌市長予定候補

 先日子育て中のお母さんたちと話す機会がありました。
子どもの具合が悪くなったときに、病院に行くのをためらったことがあるかと、訪ねたところ、3人中2人が「あるある」とこたえました。

 子どもの「医療費の無料化を中学3年まで実現を」と渡辺市長予定候補が掲げるやいなや、秋元市長は「小学6年まで」を公約しました。

 こんな動きを見ていると、つくづく予算がないのではなく、その気がないのだと実感します。

春一番に咲く福寿草のように、一人ひとりが輝く春を、必ずつかみましょう。


(3月12日記)